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ペルー観光公式ガイド
1.アレキパリマから1,030km、のアレキパは、人口90万人を擁するリマに次ぐペルー第2の都市。
2.イキトスアマゾンの熱帯ジャングルにある人口35万人の大都市
3.カハマルカ美しい山に囲まれた標高2,750mの盆地にある、ペルー北部を代表する都市。
4.クスコ11〜12世紀ごろに建設され、太陽神を崇拝するインカ帝国の都として栄えた。
5.チクラヨペルー北部の海岸砂漠地域にある乾燥大地のオアシスのような町
6.トルヒーヨ北部海岸地帯に位置する人口75万人のペルー第3の都市

7.ナスカ古代ナスカの人々が残した巨大な遺産、ナスカの地上絵が最大の見どころ

8.プーノアンデス山脈のほぼ中央に位置するチチカカ湖畔にある標高3,850mの町
9.マチュピチュ絶壁の山々がそびえるウルバンバ渓谷の山あい、標高2,280mの頂上にある町
10.リマペルーの首都、太平洋に面したコスタと呼ばれる乾燥大地に開けた大都市
11.ワラスペルー最高峰のワスカランHUASCARAN(6,768m)を望む標高3,028mの高原の町


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 リマから1,030km、標高約2,300mのアレキパは、人口90万人を擁するリマに次ぐペルー第2の都市。鉱物、セメント、ビール、製糸などの産業に加えて豊富なフルーツも産出する豊な土地だ。別名白い町Ciudad Blancaと呼ばれ、町の中心には白い火山岩で造られた美しい建物が並ぶ。アレキパという名前は、この町を建設したインカ第4代皇帝マイタ・カパックが言った「アリ・ケパイAri Quepay(ここへ住みなさい)」というケチュア語が由来という。内陸部にあり、山のふもとに位置するため、空気が澄んだ冬には雪帽子をかぶったミスティ山やチャチャニ山といった6,000m級の山々がはっきりと望める。
 町の中心となるアルマス広場は、コロニアルなアーチに囲まれ、北側には白い巨大なカテドラルが立ちはだかる。この清楚なカテドラルと、広場を見下ろす山々のコントラストはなんともいえず美しい。市内最大の見どころは1579年に建てられたサンタ・カタリナ修道院。外部は白い壁で囲まれ、1970年まで外界との接触を断った修道生活が営まれていた。ひんやりとした内部は迷路のように回廊が巡らされ、当時の家具や幾世紀もわたって蒐集された美術品が展示されている。
行き方
飛行機:リマから所要約1時間15分
バ ス:リマから所要約17時間

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 ペルーの全国土の約半分を占めるアマゾン。その熱帯ジャングルにある人口35万人の大都市がイキトスだ。
1890年から1920年にかけての天然ゴムブームが、小さな村だったイキトスに財をもたらし、現在ではロレト県の県庁所在地でもある。

町のすぐそばには壮大なアマゾン川がゆるやかに蛇行しながら、遥かブラジルの河口へと流れている。そのイキトス市内でぜひ訪れてみたいのが、ベレン地区の大市場。体長3mにもなる巨大魚パイチェや、香辛料、熱帯果実など珍しい食材を売る店が道いっぱいに建ち並び、買い物客で賑わっている。ベレンの先を行くと、アマゾン川に面して高床式の家々が建ち並ぶマレコン・タラパカ地区がある。

 雨季になるとアマゾン川の水に浸り、人々が木製カヌーで家々の間を行き交う光景が印象的だ。 イキトスは、アマゾンジャングルツアーに参加する観光客で賑わう地でもある。市内には数多くの旅行代理店があり、日帰りでアマゾンの雰囲気を楽しんだり、ジャングルのロッジに宿泊して周辺の村を訪れたりすることができる。アマゾンでの暮らしやジャングルの大自然は、アンデスの山々の印象が強いペルーにあって、また違った感動を与えてくれる。
行き方
飛行機:リマから所要約1時間30分
バス:運行していません。

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 カハマルカは、美しい山に囲まれた標高2,750mの盆地にある、ペルー北部を代表する都市。植民地時代の町並みが広がるこの町は,インカ最後の皇帝アタワルパがスペインの征服者フランシスコ・ピサロによって捕らえられ、幽閉された地でもある。アタワルパは、解放の条件に監禁された部屋を金銀で埋め尽くすことを約束するが、結局処刑されてしまう。入浴中に捕らえられたとされるインカの温泉には、100以上の個室風呂が設けられており、もちろん入浴することができる。サンタ・アポロニアの丘からは、歴史が刻まれたコロニアルな町並み眺められる。
 カハマルカの近郊にはいくつかの遺跡が残る。クントゥル・ワシの遺跡は、サン・パブロ郡にある紀元前800年ごろの遺跡で、今なお日本人による調査・発掘が続けられている。4つの墓からは金銀の装飾をまとった人物や石彫、装飾品が発見された。併設の博物館には埋蔵品などが展示されている。標高3,500mのパンパにある、巨大な奇岩怪石が乱立するクンベ・マヨも見どころのひとつ。石と自然が作り上げる景観の美しさもさることながら、3000年も前から機能し続けている人工的な水路や精緻な岩絵などが、かつてここで花開いた高度な文化を物語っている。
行き方
飛行機:リマから所要約1時間35分。
バス:リマから所要約16時間。

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 クスコは11〜12世紀ごろに建設され、太陽神を崇拝するインカ帝国の都として栄えた。ケチュア語で「ヘソ」を意味するこの都市には帝国内のあらゆる地方から人々が集まり、まさに世界の中心地とされていた。しかし、16世紀になるとスペイン人の征服がクスコにも及び、インカ帝国は一瞬にして崩壊する。征服者たちは、太陽の象徴である黄金で彩られた神殿や宮殿を破壊し、金銀を手当たりしだい略奪してインカが築いた精巧な礎石の上にスペイン風の教会を建設していった。

 標高3,360mに広がるクスコの町並みを一望できるのは、インカ時代のクスコでも最大規模の城砦、サクサイワマン。毎年6月にはインカ時代の儀式を再現した、南米三大祭の一つである「太陽の祭り(インティライミ)」がここで催される。

 インカ時代の美しく精密な石組みと、スペインのコロニアルな建築物が融合したクスコには独特な雰囲気が漂う。またここは、マチュピチュ行きの列車の出発地として観光客で賑わっている。
おもな見どころ
 町の中心であるアルマス広場に面したカテドラルは、インカ時代のビラコチャ神殿の跡に100年がかりで建てられたもの。同じく広場に面したラ・コンパーニャ教会では、クスコの画家、マルコス・サパタによって描かれた見事な壁画を見ることができる。

  ラ・メルセー教会の奥にある宝蔵館は、宝石がちりばめられた黄金の守護神Custodiaが必見。また、サン・フランシスコ教会・修道院には、フランシスコ修道士たちを描いた12m×9mの巨大な絵が展示されている。インカ時代、最も重要な建物であったコリカンチャと呼ばれる太陽の神殿は、のちにサント・ドミンゴ教会になった。

  スペイン征服者たちは、金に覆われたこの神殿を見て、息を呑んだという。スペイン人が新しく建てた教会は大地震で幾度となく崩れるが、インカ時代からの土台である石組みは今でもひずみひとつ起こしていない。その「カミソリの刃一枚通さない」みごとな石積みは、クスコのいたるところで見ることができる。博物館は、17世紀初頭に建築された海軍提督ドン・アルドレッテ・マルドナルドの屋敷を使ったインカ博物館と、第6代皇帝インカ・ロカの宮殿を土台としてスペイン人が建てた旧大司教庁内の宗教芸術博物館、宗教画で埋めつくされているサンタ・カタリナ博物館がある。
行き方
飛行機:リマから所要約1時間。
バ ス:リマからアレキパ経由で約32時間

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 乾ききった乾燥大地のオアシスのような町チクラヨは、ペルー北部の海岸砂漠地域にある。ランバイエケ州の州都で人口48万人。国内の大部分を占める砂糖と米が生産され、町を少し離れるとサトウキビ畑が一面に広がる。

  そんなチクラヨは、プレ・インカ時代に高度な文化が栄えた場所でもあり、今なお日干しレンガを積み重ねた巨大なピラミッドや墳墓が残っている。郊外にはモチェ文化の遺跡といわれるトゥクメ遺跡があり、28にもおよぶピラミッドが荒涼とした大地に点在する。

 数ある遺跡の中でも特に知られているのが、シパン遺跡とシカン遺跡だろう。シパン遺跡はモチェ文化末期の王シパンの墓で、遺跡からは王と生け贄になった数人の人骨、無数の黄金が発見された。現在遺跡は復元され、発掘されたときの墓の様子がわかるようになっている。シパン遺跡から出土された黄金は、チクラヨの北にある町ランバイエケのシパン王墓博物館に展示されている。

 また1991年には、島田泉氏をはじめとするシカン文化学術調査団とTBSの協力により、モチェ文化後のシカン文化期に築かれたシカン遺跡から100点を超す黄金の埋葬品が出土され、シパン遺跡をしのぐ大発見となった。
行き方
飛行機:リマから所要約1時間
バ ス:リマから所要約11時間

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 穏やかな北部海岸地帯に位置するトルヒーヨは人口75万人のペルー第3の都市。気候もよく海産資源に恵まれているため、プレ・インカの時代からすでに大きな都市が築かれていた。郊外にはモチェ文化の神殿跡太陽のワカ・月のワカが今なお残る。2つセットになったピラミッド型の神殿が多く作られたのがこのモチェ文化の時期で、特に太陽のワカは規模の大きなものだ。

  また、市街から車で15分ほどのところには、チムー時代のピラミッド型建造物ドラゴンのワカがある。インカに破れたチムー王国時代の首都の跡、広大な面積の計画都市チャンチャン遺跡はトルヒーヨから7kmの沿岸に位置する。紀元110年頃から栄え、美しく豊かな都市が形成されていたとされる。20kuほどに広がった都市跡は10地区からなるが、一般に公開されているのはPALACIO TSCHUDIと呼ばれる地区のみ。ここはさらに8つの区画から成り、道は迷路のように入り組んでいる。アドベ(日干しレンガ)でできた壁には、チムー時代の特徴でもある鳥や魚をモチーフにした浮き彫りが施されている。
行き方
飛行機:リマから所要時間45分。
バス:リマから所要7〜9時間。

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 果てしなく続くペルー南部の乾燥地帯に描かれた謎の地上絵。紀元後、約800年間にわたって栄えたナスカ文化の時代に描かれたこれらの絵は、直線や幾何学図形、動物、魚、虫、植物などさまざま。上空からでなければ分からないほどの巨大な絵を残した理由は、未だに解明されていない。

 多くの科学者がこの不思議に魅せられ、宇宙人説や空飛ぶ人間説、星座を表すカレンダー説などの仮説を立てた。はっきりしていることは、雨のほとんど降らない気候が地上絵を現在まで残したこと、ナスカの乾燥台地を覆う酸化した黒石をどけると現れる、白っぽい地面が地上絵のラインとなっていることである。また、付近から木のくいが発見されていることから、ナスカの人々は小さな絵を描き、くいを基準に拡大して巨大な図形を完成させてと推測されている。

 ナスカ文化は地上絵に見られるように、高度な技術と豊な絵心を持った人たちがたくさんいたと考えられる。その証拠に、ナスカの織物はプレ・インカ文化のなかでもとりわけ美しく、土器に描かれた抽象画一つとっても、ナスカ時代ならではのものが多い。
おもな見どころ
 古代ナスカの人々が残した巨大な遺産、ナスカの地上絵が最大の見どころ。遊覧飛行では10mから300mにもおよぶ巨大な絵や60を超える地点から放射状に広がる700本以上の直線の一部を鳥のような気分で眺めることができる。

  地上絵をもっと間近で見たい人は、砂漠の真ん中に建つ観測やぐら(ミラドール)に上ってみよう。地上絵の研究に生涯を捧げた故マリア・ライヘ氏が建造した観測やぐらでは、“手”と“木”の一部を見ることができる。

 ナスカの北35qには、吹きさらしの大地に約1kmにわたって白骨やミイラが散らばったナスカ時代の墓地跡がある。副葬品の土器や死者がまとっていた織物などを狙ったワッケーロ(盗掘者)が墓を掘り返したため、無残な状態で人骨が残ったのだ。

 綿花の畑が続くナスカ近郊では、いまもプレ・インカ時代の灌漑用水路が利用されている。アドベ(日干しレンガ)でできたプレ・インカ時代のパレドネス遺跡は、雨のほとんど降らないナスカに造られた地下水路の水汲み場。遠い山から引かれる清水の取り入れ口は、水が蒸発しないよう数メートル下に渦巻状に造られている。
行き方
飛行機:リマとイカから、ナスカ行きの地上絵遊覧と観光がセットになったフライトがある。
バス:リマから所要約7時間。


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 アンデス山脈のほぼ中央に位置するプーノは、チチカカ湖畔にある標高3,850mの町。
クスコ、アレキパと山岳鉄道で結ばれ、ボリビアのラ・パスへはフェリーとバスで行くことができる。空気の薄いこの町には、ケチュア族、アイマラ族など純粋なインディヘナ人口が多く、伝統的なフォルクローレ音楽の宝庫としても知られている。

  そんなプーノを訪れたらボリビアとペルーの国境に横たわるチチカカ湖の島巡りをしてみよう。葦を積み重ねて造られたウロス島は、上陸するとふわふわと足が沈む浮島だ。ここでは家も船もすべて葦を束ねて造られている。そのほか織物で有名なケチュア族の島タキーレ等、プレ・インカの遺跡が残るアマンタニ島は、民家に宿泊して古代から継承されてきた独自の文化や暮らしに触れることもできる。

 プーノはプレ・インカの時代から文化が栄えた場所でもあり、近郊には古代の墳墓群シルスターニ遺跡をはじめとした遺跡が残されている。
行き方
飛行機:プーノ市内には空港はなく約45km離れたフリアカ空港を利用。
バス:クスコから所要約7時間、アレキパから所要約10時間。
鉄道:クスコおよびアレキパからフリアカ経由の列車が運行。

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 尖った絶壁の山々がそびえるウルバンバ渓谷の山あい、標高2,280mの頂上にあるマチュピチュ(=老いた峰)。
密林が茂るウルバンバ川流域からそそり立つ急な斜面の終わりに、突如として現れる石の都市。下からはその存在を確認できないことから“空中都市”とも呼ばれるこの遺跡は、スペイン人から逃れるために、あるいは復讐の作戦を練るために、インカの人々が作った秘密都市だったとされている。

  マチュピチュの総面積は5ku、その約半分の斜面には段々畑が広がり、西の市街区は神殿や宮殿、居住区などに分かれ、周囲は城壁で固められている。16世紀半ば、インカの人々は高度な文明が栄えたマチュピチュを焼き、さらに奥地へと消えてしまう。その後400年以上にわたって人の目に触れることはなく、1911年にアメリカ人歴史学者ハイラム・ビンガムが発見した時は、草に覆われた廃墟となっていた。マチュピチュにまつわる多くの謎は、未だに解明されていない。
おもな見どころ

 段々畑を通ってマチュピチュに通ると、まず目につくのが上から下へと並ぶ四角い洗い場のようなもの。これは水汲み場で、今もきれいな水が流れ続けている。最も上に位置する女王の沐浴場の近くに、ほかの建造物とは明らかに違う、カーブを描く建物がある。この建物は太陽の神殿とされ、隙間なく積まれた石組みと台形の窓が美しい。

  中央の大広場の左手を行くとマチュピチュのハイライト、新鮮な広場や巨石の日時計インティ・ワタナへ続く。神聖な広場は、大きな石組みで造られた、いかにも特別な建造物だということを思わせる3つの窓の神殿に面している。マチュピチュ最高地点にあるインティ・ワタナは、35cmある石柱の角が東西南北を指し、太陽暦を利用していたというインカの人々に種蒔きや収穫、祭事の日を教えたといわれている。

 広場を挟んで反対側の居住区は左側から貴族の居住区、技術者の居住区となっている。その下の少し低くなっているところはコンドルの館。ここには牢獄があり、石造りの手枷や何やら不気味な形をした生贄の石などを見ることができる。広場沿いに付けられた美しい石の階段もみごとだ。

行き方
クスコからマチュピチュ下の村アグアス・カリエンテスまで列車で約3時間半。そこからバスで約20分。

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ペルーの首都リマは、太平洋に面したコスタと呼ばれる乾燥大地に開けた大都市。ペルーの人口の約3分の1が生活する、政治・経済の中心地である。また、沿岸を流れるフンボルト海流がもたらす豊な海産物は水産業も盛んにしている。

 1535年1月18日、スペインの征服者フランシスコ・ピサロは、リマの中心にアルマス広場とカテドラルを建設し、広場を核に町を築いていった。この日はリマ建都の日とされている。今なお17世紀のコロニアル時代の繁栄の様子を色濃く残すリマの旧市街は、ユネスコの世界遺産にも登録され、古き良き時代へと旅人をいざなう。大統領が執務をとるペルー政庁、教会、カテドラルなどの粋を凝らした壮麗な建築物がアルマス広場を囲み、荘厳な雰囲気を作り上げている。

 リマはアルマス広場とサン・マルティン広場から広がる旧市街、海岸沿いの新市街とに分けられる。現在の中心地となる新市街のサン・イシドロ地区やミラフローレス地区には、オープンカフェやレストラン、ブランドショップ、ホテルなどが集まり華やかな賑わいをみせている。
おもな見どころ
 主な見どころとなる歴史的建造物は旧市街に集中している。1549年に建立されたサント・ドミンゴ教会・修道院は、過去の地震にも耐え、外側は建設当時とほとんど変わらないとされる立派な建物。フランシスコ・ピサロが建てたカテドラルや17世紀前半の美しいセビリアンタイルが貼られたサン・フランシスコ教会・修道院、ペルー軍の守り神、聖女メルセーが祀られたラ・メルセー教会、現在は外務省の本館として使われているトーレ・タグレ宮殿も見所のひとつだ。そのほかにも、サン・ペドロ教会やサン・アグスティン教会などが点在する。セントロの北にあるサン・クリストバルの丘には、巨大な十字架が立ち、市街を一望するパノラマ風景はすばらしい。

 また、無数の遺跡が眠るペルーの首都リマには、貴重な古代文化の出土品を展示する博物館がある。ペルー最大の国立人類学考古学歴史博物館、金を中心とする発掘品を展示する黄金博物館、アンデスの幕開け時代からインカ時代までの歴史が詰まった国立博物館は代表的。プレ・インカのチャンカイ文化の土器や織物を研究してきた、故天野芳太郎氏の天野博物館には古代ペルーの文化を知ることのできる300点あまりの展示品が並ぶ。
行き方
国内の主な都市とは、アエロ・コンチネンテ、ラン・ペルー、タカ航空などの便によって結ばれている。日本からはコンチネンタル航空、アメリカン航空、デルタ航空が運航している(‘02現在)。

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 アンデスに抱かれた標高3,028mのワラスは、ペルー最高峰のワスカランHUASCARAN(6,768m)を望む高原の町。 6,000級の山々が連なるブランカ山群が辺りを囲み、夏にはトレッキングする人々の基地として賑わう。

 リマからはおよそ400km、人口8万人のワラスの町は大自然やインディヘナの市を楽しみながらのんびりと歩きたい。町から約5kmのところにはモンテレイと呼ばれる温泉があり、大小のプールや個室風呂は観光客にも人気。いくつもの氷河湖が点在するブランカ山群のなかでも、神秘的な美しさのヤンガヌコ湖周辺はワスカラン国立公園に指定され、湖畔からは間近に迫る氷河を望むことができる。

 ワラスから車で約3時間ほどのところには、インカ以前のプレ・インカの遺跡のなかでも特に古い時代のものと思われるチャビン遺跡がある。建設されたのは紀元前1000年ごろで、各地から巡礼者が集まる宗教都市として栄えたとされる。旧神殿は幅1mほどの地下回廊が迷路のように入り組んでおり、その中心には儀礼で重要な役割を担ったと思われる高さ約4.5mの石像「ランソン」がたたずんでいる。
行き方
飛行機:リマから定期便はない。
バス:リマから所要約8時間。

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